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たった一人で掃除を始めて、気づけば五十年がたちました。

昭和三十六年、私は自動車部品販売の会社を創業しました。
産声を上げたばかりの会社に入社を希望してくるのは、多くの会社を転職してきたような経歴の人ばかり。
心は擦り切れ、荒んでいました。
営業に出てもまともな対応をしてもらえず、憂さを晴らすために、椅子を足で蹴り、社内で八つ当たりをする。
そんな荒んだ社員たちの心をどうにかして、おだやかにしたい。熟慮のすえ、私にできる唯一のこととして取り組んだのが掃除でした。

社員が心おだやかに働くことのできる環境をつくるために始めた掃除です。
ところが、なかなかその意義を理解してもらえず、「掃除しかできない社長」と陰口をいわれました。
トイレを磨いている私の横で、平気で用を足していく社員、営業所の掃除を始めると、どこかに消えてしまう社員。
最初の十年間はほとんど私一人だけの掃除です。

「虚しさ」と「はかなさ」と闘う連続でした。

それでも負けずに続けてこれたのは、自分で始めた掃除の価値を見失わなかったからです。

十年を過ぎるころから、一人、二人と手伝ってくれる社員が現れ、
二十年になるころには、ほとんどの社員が掃除をするようになり、会社と近隣の道路を掃除する社風が定着しました。

ティッピングポイント

「益はなくとも意味はある」

中国の晏子の言葉です。自分の利益に結びつかないことでも、周囲の人や社会・国家のために努力すること、
それ自体に大きな意味はある。二千五百年たったいまも色あせない、本質をついた至言です。

近ごろは、見返りが保証されないことは「損」だという価値観の大人が多くなりました。
益がなければ取り組む意味はないという考え方です。

こうした風潮を助長しているのが、政治家です。
できもしない高速道路無料化を掲げ、民主党が政権をとれば、すぐに見返りがあるように喧伝しました。
それに期待した国民も国民ですが、当然無料化などできず、無用な混乱だけを残す結果となりました。

どれだけ得をするか、儲かるか、そんな目先の好都合を求める人が増えるほど、社会は荒み、日本の国は悪くなります。
益はなくとも意味のある生き方を選ぶ人を一人でも多く増やしていかなければ、日本の国はいずれ傾くでしょう。

見返りが保証されないことに取り組み続けるには、相当な根気が必要です。掃除の活動にしてもなんにしても、やり始めてしばらくは、思うように効果が得られない時期がつづくものです。そこで辛抱できず、「あと一息」というところで努力をやめてしまう人が少なくありません。

ところが、そこを耐えて努力を重ねていくと、ある時点を境に、野火のように一気に全体に行きわたる劇的瞬間、ティッピングポイントが訪れるのです。

二十年前、「日本を美しくする会」運動を始めたときも、会の趣旨を理解してくださる人はごく少数でした。
それが今では全国に百二十七の会ができ、いつもどこかの学校や駅、繁華街で掃除が行われるようになりました。
さらに活動は国境を超え、ニューヨークや台湾、ブラジル、ルーマニアにまで掃除の輪が広がっています。

その「瞬間」がいつ訪れるかは誰にもわかりませんが、一歩一歩着実に近づいていることは確かです。

とかく人はめざす目標がはるか遠くにあると、「そんなことは不可能だ」と決めつけ、足を踏み出そうとしません。
けれども、どんな不可能と思える目標であっても、根気よく一歩一歩近づいていけば、必ず到達できる。私はそう信じています。

「益はなくとも意味はある」

この言葉に、真摯に耳を傾けるべき時ではないでしょうか。

 

鍵山秀三郎