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隠すほど問題は肥大化する

人口減少と高齢化が、日本の重大な課題として取り上げられるようになってから、何年たつでしょうか。
行政や有識者が議論を重ねていますが、一向に好転する兆しが見えません。
できることをせず、できないことばかり議論をして、いたずらに月日がすぎています。
上からフタをして見えなくしている間に、問題はどんどん複雑化し、増幅を繰り返していけば、いつか大爆発を起こすでしょう。

教育の問題はその一例です。日教組(日本教職員組合)の活動を野放しにし、問題にフタをしているうちに、手が付けられないほどに肥大化しました。
一方、経済界は昭和二十年代から三十年代にかけて、すさまじい労働運動にさらされたものの、日経連(日本経営者団体連盟)などが毅然たる態度で対処したため、今では沈静化しています。

避けられない問題は受け入れ、本質に近づいて解決を図る、それがリーダーの役割です。

昨年、心ある教師の方々を対象にした会を始めました。毎回、必ずトイレや街頭の掃除実習を行います。
ある時、トイレの横にある自動販売機のゴミ箱のフタを開けたところ、缶以外のものも詰め込まれていたため、中身を一つひとつ取り出して、分類を始めました。
すると、その様子を見ていた教師のお一人から「なぜ、わざわざそんなことをやるんですか」と質問をされました。私は答えました。
「ここには入れてはいけないものが入っている。これは問題ですよね? フタのしてあるものには問題が隠れています。
それが見えているから、私はフタを開け、問題を撤去しているのです。教育の現場はこれと同じです。目の前の問題から目を背けているから、よくならないのです」と。

たとえフタがしてあっても、中がどうなっているのか、見えないものが見える人間にならなければ、よい教師にはなれません。経営者も同じです。

見えないものを見るのが経営者

近ごろは災害が起きると「想定外」の一言で幕引きを図ろうとする風潮があります。
しかし経済の世界では、何が起きても想定外とは言えません。想定外とは、問題そのものを考えていなかったということであり、経営者がその一言を発しようものなら、たちまち市場の信用を失います。

吉田松陰の『講孟剳記』に、

「永久の良図を捨て目前の近効に従う。其の害、言うに堪うべからず」

とあります。物事はプラス面を求めれば、マイナス面も必ずついていきます。
それを分かっていながら、自分たちが手にするプラス面しか考えない、当事者意識のない人間に、企業の経営はできません。

マイナスなことは、隠すほど複雑化し、始末に困るようになります。
手に付けられない事態にまで膨らむ前に、見えない小さな段階で対処をする。目に見えないものを見るには「気づき」のアンテナを研ぎ澄ましておくことが大切です。

その「気づき」を最も引き出してくれるのが、私の場合、掃除でした。

汚いトイレに向かい、心を無にして磨きあげると、気持ちがすっきりし、素直な心になれます。
長年続けるうちに、心が浄化されて、不思議と先のことがよく見えるようになるのです。

多くの人は、掃除がよいことであるのは知っています。しかし、それは自分のやることではない、他人がやることだと決め付けて、荒んだ環境から目を背けています。
誰にでもできることをやらずに、できないことばかり議論をしているのが、日本の現状です。ここから抜け出すには、気づいた人から率先して行動していくほかありません。

フタの中の問題が自分の責任によるものだろうと、そうでなかろうと、すべてを受け入れて対処していく。その覚悟を持つことから、経営者の道は始まります。

 

鍵山秀三郎