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清風掃々第24号 平成26年11月発行

目黒川沿いを掃除されている鍵山相談役

巻頭言
思いをはせる

 身のこなし、仕草、そういったものにまで思いをはせていただきたいと思います。
 日本を美しくする会の掃除に学ぶ会に参加して、学んでおられる方々はゴミを拾って、掃いてきれいにするだけではなしに、いろいろなことに氣がつくようになります。
 このことを、八十三歳で亡くなった詩人の方が詩に残しているんです。
「わたしはさばくのなかをさまよったから、いってきのみずのとうとさがわかる」
 この方はハンセン病で、十三の時から七十年間、四国の療養施設に収容され、八十三歳で亡くなりました。たくさんの詩を遺していますけれども、厳しい環境の中にいたから、砂漠の中の一滴の尊さが分かるのです。
 寒いときに掃除をすると、ゴミ拾いをしただけで手が冷たいですね。その冷たい手でいきなり熱いお湯の中に突っ込むと、とてつもなく痛いので、ぬるま湯から順番に温めます。それでも血管が膨らみますから、ものすごく痛いですね。寒い日にゴミ拾いをし、寒い、冷たい、痛い思いをするから一滴の尊さが分かるのです。
 大海を漂っているからこそ、浮かんでいた一片の木を掴んだときに、この木の重さが分かる。そういうことも書いておられます。
 掃除を通して何を学んでいるか。もちろんどうやったらきれいにできるか、うまくできるかということも大事ですけれども、道具をどう使ったら傷まないとか、道具が悲しまないような使い方をする。
 暑いにつけ寒いにつけ、自分の本能に逆らったとき、そこから学んでいくことを大事にしていただきたいと思います。
 みなさんには是非、知識とか技術とかそういうことではなしに、自分の身体で、心でものごとを掴んでいっていただきたいと思います。