清風掃々創刊号 平成9年10月発行
インタビュー 情報誌創刊の喜び
株式会社イエローハット代表取締役社長
※平成9年10月1日、(株)ローヤルより社名変更
鍵山 秀三郎
聞き手 元岡 健二
元岡
「日本を美しくする会」の情報誌が発刊されることになりました。
発刊への想いを語っていただけますか!
鍵山社長
永年、掃除は次元の低い仕事と思われてきました。
しかし、日本を美しくする会が各地で開催され見方が変わってきています。
掃除の実戦を通して、掃除が次元の高いものとして広がっています。
その広がりの、大きさ速さに驚き、嬉しく思っています。
世の中には、まだ掃除の仕事を低く考えておられる方も多いと思います。
この情報誌を、一人でも多くの方に読んでいただき、勇気を持っていただくことができれば、こんなに嬉しいことはありません。
元岡
ありがとうございます。
清風掃々創刊号 平成9年10月発行
鍵山秀三郎社長・講述 「小さな灯をともしつづける」
●と き 平成九年七月十九日
●ところ 広島国際会議場
はじめに
ご紹介いただきました鍵山でございます。
きょうここへ来る途中で、平和大橋の橋げたにゴツンと頭をぶつけちゃって、話をしようと思っていたことを全部忘れてしまいました。
どういう話になるか、私も心もとないですけれども、これは橋のせいですから、私の責任ではありませんので、広島の方に文句を言ってください。(笑声)
井辻社長から、私にきょう話をするように頼まれたのですが、その本当の理由は、坂田先生にお願いしたが、坂田先生はきょう私どもの会社(ローヤル)の本社で講演会をやっています。
あの人にもこの人にもお願いしたけれど、みんな都合が悪くて、しょうがないから、あんたやってくれないかと、こういうご指名でございまして、そういうわけですから、大したお話はできませんけれども、よろしくお願いを申し上げます。
こういう言葉があるんですけれども、
箸よく盤水を回す
たらいのような大きな器に水をいっぱい入れて、箸一本で真ん中をぐるぐるぐるぐる回していますと、最初の間は箸しか回らない。
ところが、それをいつまでも、いつまでもやり続けていると、いつの間にか、だんだん水が回り始めて、大きなたらいのような水も全部回り始めると、そういう意味でございます。
広島掃除に学ぶ会では、まさにこの「箸よく盤水を回す」という生き方でございまして、井辻社長を中心にして、最初は少人数の方が市内の公園のトイレ掃除を始めたのですが、回を重ねるごとにだんだん人が集まってきて、去年十回目を迎えたとき、全国各地の地名をつけた「広島掃除に学ぶ会」の第一回目が行われて、ことし続いて二回目になったわけでございます。
広島県内では庄原、それから福山でもお始めになっており、その輪が広がりつつあるわけですが、まさにこの「箸よく盤水を回す」という言葉のとおりでございまして、何でも物事はこういうふうになると失敗がないですね。必ずよくなってきます。
ところが、今の時代は最初から全部大きくしてやろうとして、そして莫大なエネルギーを使うようになるわけですね。
例えば、たらいいっぱいの水を回そうとするとき、しゃもじのような大きいものでかき回さなければと思いますと、余計なエネルギーが要るわけでございますけれども、箸一本なら子供でもできる。
そしてそれを続けてさえいれば、必ずだんだん周りの水を巻き込んでいって、全体を動かすことができるわけでございます。
というふうに、人生も、それから企業のあり方も、何もかもこういうふうな生き方をするのが一番いいわけでございます。
ところが、今の日本を初めとして世界のいろいろな国がどういうことをやっているかというと、みんな一遍に、一挙に、一度にやる。そして大変なむだなエネルギーを使って、そしてそれが続かなくて途中でやめてしまう。
大変なむだができる。むだができるだけではなしに、そのために大きな被害を出して、善良な人たちまで巻き込んで人に迷惑をかけるということが世の中にたくさんあるわけでございます。
こんなことをみんながいつまでもやっていたら、日本はもちろん滅びますし、地球そのものが滅びてしまうようなことになりかねない。
もうこの辺で「箸よく盤水を回す」というような考え方で、そしてみんな一人一人がみずからの力で、そして周りの人たちをだんだんよくしていく、いい方に、いい方に導いていく、自分もよくなるけれども周りの人もよくなる、周りの人がまたさらに周りの人をよくしていく、こんな考え方をぜひ皆さんが持っていただきたいと思うんです。
そのことをまさに今実践しているのが、この「掃除に学ぶ会」でございます。
広島県はもちろんのこと、各地で今始めておられる会は、すべてのこの考え方に基づいて行われております。
小さな灯をともしつづける
この「箸よく盤水を回す」ということをもう一つの言葉で言い表しますと、これは河井寛次郎先生の言葉で、
一人光る
みな光る
何も彼も光る
これは京都の陶芸家で有名な方でした。
本当は人間国宝にするということが決まったんですが、みずから「そんなものは要らない」と言って返上をした、たった一人の人、この河井寛次郎先生以外で人間国宝の名前を返上した人は一人もいない
。みんなお金を払ってでも、運動をしてでも人間国宝になりたい人ばかり、その中にあって唯一、人間国宝の指名をみずから返上をした大変な方です。
この方は数々の名言を残しておりますけれども、この中で私が一番これが好きな言葉です。
「一人光る、みな光る、何も彼も光る」、まず一人が蛍の光ぐらいでもいいから小さな灯をつけ、この灯をともし続ける。そして一人が輝き続ければ、必ずその光をもとにして周囲にその光を求めてくる人、また集まってきた人がみずから光輝けば、いつの間にか全部を光輝かせることができるわけですね。光り輝き続けるということは、大変なエネルギーが必要でございます。
暗やみの中にあって、たとえどんな小さな灯であってもそれをともし続ける。
そして輝きを発し続けるということは、大変な苦労、努力、それから人のご理解、時によっては人の反対、抵抗、こういうものに遭いながら光り輝き続けるのは大変ですね。
しかし、そういう中にあって光り輝き続けたときに、初めて、その人の人生の価値があると思うんですね。
相田みつを先生の言葉の中に、
道をつくる
道をひらく
人のつくった道を歩いたのでは、それは自分の道ではない
そういう言葉がありますが、どんな細い道でも、どんなに頼りない道であっても自分で道を切り開いていく、そして人のためにその道をつくっていってあげる、こういうふうにありたいと思います。
新渡戸稲造先生
きょうは続けざまに先人の古くからの人の言葉ばっかり使いますけれども、私が非常に感銘を受けた新渡戸稲造先生の詩で、
「古えの先ゆく人の後見れば、踏みゆく道は紅に染む」
つまり、昔から人の先頭に立って道を切り開いていく人、その人の踏んでいった後を見ると、その人の踏んだ道は血に染まっているという、そのくらい厳しいものだということを新渡戸稲造先生が言っているわけです。
この方は今は五千円札に載っておりますから、皆さんはお顔はしょっちゅうごらんになっているかと思いますけれども、福沢諭吉の顔は見なくても新渡戸稲造ぐらいはごらんになっているだろうと思います。(笑声)
そういう方でございます。
このお方はどういう方かというと、日本とアメリカは絶対に戦争をしてはいけない。
戦争を阻止するために自分の人生をかける。
太平洋のかけ橋として自分は一生をささげるという考え方で、日本国内が戦争、戦争と向かっておる最中に、絶対戦争というものはいけないということを方々で講演して、右翼に命をつけねらわれる、あるいは軍部から目のかたきにされて講演に行くと途中で阻止されたり大変な目に遭っている。
一方、アメリカに行くと、「日本人は戦争をするような、そういう民族ではありません。日本人が戦争をするのは貧しいから、だから戦争をするんであって、もともとは戦争なんかをする民族ではない。アメリカのような豊かな国は日本のような貧しい国を助けることが義務なんだ」、こういうことを講演して歩いて、方々の講演会場でお金を集めたりして努力をしてきたんです。
ところが、新渡戸稲造氏がアメリカで講演している最中に、日本で満州事変を起こしてしまった。
そうすると、講演会場で聴衆が「うそつき」「お前は、うそつき」アメリカへ行くとうそつきと言われる。
日本に帰ってくると国賊と言われる。
それでも日米の間の戦争を回避しようとして一所懸命努力をしてきたけれども、その努力が実らなくて、とうとう日本はアメリカと戦争をしてしまった。
こういう偉大な方です。
この方がそうやって道を切り開いていくということは大変なことなんだ、その人が踏んでいった道は、血に染まっているというぐらい大変なものだというふうに言っておられます。
私たちはそこまで厳しい道を歩くことはできませんけれども、せめて、どんな細い道でも、これから次の世代の人のために道を切り開いていきたいと思っております。
小事のなかにこそ
まず、一番最初の小さなことから始めるという話に戻しますけれども、掃除というのは、実に小さな、ささやかな、地味な運動でございます。
これをやったからといってだれからも褒められるものではない。
むしろ、何だ、つまらないことをやっている。
そんなことでどうなるんだというようなことを言われることの方が多いわけです。
今は随分と認識も変わってまいりまして、掃除は大事だ、掃除をするということもかなり行き渡ってまいりました。
それでもまだ残念ながら、掃除というものに対する理解は非常に薄くて浅いわけでございます。
そして、説得をして一歩踏み込むというふうに皆さんが努力をして、この掃除の会を広めてくださって本当に私はうれしいですね。
なぜかといえば、私は昔から掃除というものがいかに大切なものであるか、人生をよくしていくものかということを私自身はわかっておりましたけれども、人にわかってもらうという、人に理解してもらうということができなかったんです。
そのために長い間、孤軍奮闘して、この掃除というものを何とか世の中に定着をさせたいと思ってきたんです。
しかし、本当は私が生きている間に、こんなふうに志を同じくする方が日本中に出るなんてことは実は夢にも思わなかった。
私が墓の下に入った後、昔、こんな人間がいたらしいと、そんなことから掃除が広がることがあるかもしれない。
そういうつもりでやっておりましたが、ありがたいことに、まだ生きていて目が見えるうちに掃除の会が広がった。
もしかしたら、もうすぐ墓の下に行ってもいいと、そういうことかもしれませんが、本当にうれしいですね。
この掃除を通して、皆さんにただ掃除の技術だけを身につけるんじゃなしに、本当に小さな、ささやかなことの中に大事なものが含まれているということをたくさん知って欲しいと思っております。
人生をよくする四つの方法
それから、こんないいことを広めていくためにはどうしたらいいかということも、きょうあわせて皆さんに聞いていただきたいんですね。
まず、人生をよくするのには四つの方法があるということを仏教の本を読んで習ったんです。これは大変難しい本で「唯識(ゆいしき)」という、もう読んでいるうちに疲れちゃうような難しい本でございます。
もしか不眠症で夜なかなか眠れないという方は、この本を読むと睡眠薬を飲むよりよっぽどよく効きますから、ぜひこの唯識という本を読んでいただきたい。
夜なかなか眠れなくて悩んでいるなんていう方には、すぐに効く本でございます。
なかなかわからないことばかり書いてありましたけれども、その中に、たった一つだけ、すぐにわかってこんないいこと、こんなすばらしい教えは一人でも知ってほしい、そういうふうに思っているのです。
人生や事業をよくする四つのすぐれた力、四勝力。
四つのすぐれた力、一つは因力(いんりき)といって、その人が持つ素質・素養、自分には何の素質もない、素養もないと言っている人でも全くない人はない。
必ず何かあるんですね。
私だってそんなに人に誇れるような素質も素養も何もない。
現に学校にいたときは、もう私は何もできないというレッテルを張られていた男なんです。
それでも全くなくはない。たとえわずかでもあるその素質・素養のことを因力と言う。
二番目が作意力(さいりき)といいまして、さあやろう、さあ行こう、そういうやる気です。
何かをしようという気持ちですね。
これもほとんど無気力な人といっても全くなくはないですね。
のどが渇いたら水を飲もう、おなかがすいたからご飯を食べよう、じだらくな人でもそういう気持ちになるかと思います。
そういう気持ちです。
三番目が資糧力(しりょうりき)といいまして、法話、それを少しずつでも続けていく。
三日坊主と言われるぐらい幾ら飽きやすい人でも三日は続けるという、そういう何とか少しでもやっていこうという気持ちのことを資糧力といいます。
四番目が一番大事。
これが一番大事。
善友力とかいて「ぜんうりき」というふうに仮名が振ってありました。
仏教では「ぜんうりき」と読むそうでございます。
もうこれはごらんになってわかるように善い仲間ですね。
志を同じくする善い同志、そういう人のこと、それから善いことを教えてくれる師であったり、それは年は関係ありません。
そういう自分にとって善い教えをしてくれる、あるいは志をともにする、励ましてくれる、そういう仲間であり師であることを善友力と言います。
この四番目の善友力が、たとえ一、二、三が小さくても、これさえよければ、これは何百倍、何千倍、何万倍にも大きくなるということでございます。
逆にこれが悪ければ、たとえ一、二、三がたくさんあってもマイナスの方に行ってしまうこともあります。
むしろ、そういう人もありますね。これは非常にすぐれている。
しかし、たまたま裏切る人間に出会ったために、その才能が逆にマイナスになっていって世の中に害悪を及ぼすという人も世の中には少なくありません。
あるいは立派な学校をどんどん出てすばらしい経歴を持って社会に出たのに、たまたま仲間が悪かったためにとんでもない人生になっていくという人も確かにある。
こういう川柳があります。
競争には勝ったが、ゴールは留置場
今はまさにこういう世相ですね。
小学校、中学校、高等学校、〇〇大学という人がうらやむようなところまで行って、そして社会へ出て、たまたま相手が悪かった。
そのために留置場へみんな行っちゃったというふうに、善くなるのも悪くなるのもこの力、これなんです。
善友を得る条件
じゃ、この善友とは何かというと、決して遊び友達とか、飲み友達とか、そんなものではない。
ましてや、金もうけの仲間でもない。
そういうものを超えて、自分の人生や事業をより高めてくれる、そういう仲間の心を善友と言います。
この善友というものは、善い友達というのは、自分は善い友達を持とうという努力、そういう意識をよほど強く持たないとできない。
もっと大事なことは、自分自身が人のために善い友達になろうという、そういう努力をしないと善友というものは持てない。
自分が人に対して善い友達にならないと、自分に善い友達ができるということは絶対にないということです。
ということでまず、自分が人のために善い友達になれる、そういうことが一番大事でございます。
ということで善友を持つ。
じゃ本当に善友が持てるためにはどうしたらいいのか。
幾つも要素はありますけれども、二つあります。
よく謙譲と言います。
謙虚と推譲のこの二つを一緒にして謙譲と言いますけれども、たくさんありまして、いろいろ要素はありますけれども、まずこの二つが、欠けるとできない。
できるだけ、とにかく謙虚な態度で謙虚な気持ちを持つということが大事です。
それから、これと相通じますけれども、できるだけ物事は譲るということ、譲らない人に善い友達ができるということは絶対にない。
譲るということは自分の自我を小さくしていくということなんです。
この自分の自我を小さくするということで、すばらしい言葉をつくられた方がいらっしゃいます。
きょうも神戸からいらっしゃってる方もあられますけれども、神戸に山本紹之介先生という元学校の先生で大変有名な方でございます。
この山本紹之介先生という方がたくさんの本を書いておられますけれども、このぐらいの小さな本、ちょっと途中で私は人にあげちゃったものですから、ここに持ってくることができませんでした。
「あ」という本と「うん」という本二冊「あ」、「うん」。
阿吽の呼吸、「あ」と「うん」という本を書いてあられます。
こんな小さい本です。
一冊六百五十円。
前に私が千葉の会でこの本をご紹介したら、参加された方がみんな一斉に出版社に注文をしたものですから、出版社の方は何事が起こったんですかとびっくりしたというくらい注文があった本です。
その本の中に、短い言葉で、
私が私を捨てれば、そこにあなたがいる
というんですね。
それは私が私を捨てるというのは、私が私の我、自我を捨てるということ、自我を捨てれば、そこにすばらしいあなたがそばに寄ってきて善友になる。
あなたを捨てれば、そこに私がいる。
あなたがあなたの自我を捨ててくれたら私はあなたのそばへ行きますよ、そういうことでございます。
これは体が近くにいる、すぐそばに住むとか、同じ職場にいるという、そういう意味の近さではない。
たとえ日本とブラジルに離れていても……きょうは「大ちゃん」どこにいますか。
ちょっと立って。(拍手)
この方はブラジルに住んでおられるので、日本とは一万二千キロも離れていても心が通じ合う、このようにお互いに自分の自我を捨てて、高い志を常に持ち続けていると、いつも心はすぐそばにいるわけです。
お互いに、私も私を捨てる、あなたもあなたを捨てる、そういう関係が譲るということでございます。
こういう話は私は外ではいたしますけれども、私の家ではしないことにしております。(笑声)
それから、さらに人生や事業をよくしていくことの条件があるんですけれども、それはできるだけ公というものを大事にする。
今、社会を見ると反対の人が多いですね。
自分の物は大事にするけど公の物は非常に祖末にする。
車でも自分の車だけはピカピカに磨いて、靴をはいて乗ると怒りますから、靴を脱いでスリッパにはきかえて車に乗る。
そこまできれいにする。
よく私どもの会社にもの会社にも駐車場に靴だけが置いてあることがあります。
脱いで、そのまま行ってしまった。(笑声)
靴だけちゃんと表に置いてあるなんていうことがよくあります。
そのぐらい車はきれいにするのに会社の車はきれいにしない。
トイレでも、会社や、あるいは公園だとか、方々のよそのトイレは祖末に使う、そういう人は公より私の方を大事にする。
やはり私より公。私事より公です。
それから、できるだけ正しい道を歩いてもらいたい。
しかし、どちらかというと邪悪な道の方が歩きやすい。
楽だということで、こっちを選ぶ人が世の中にたくさんいる。
これもやっぱり邪より正ですね。
濁から清、これも邪悪な道は行きやすい道なんです。
割合簡単に行けるんです。
反対に正しい道を歩むことは、非常に骨の折れる難しい道なんです。
ですからどうしても自分自身を大事にしますね。
西郷南州が、世の中で人間が何が悪いと言って自分を愛することが一番悪い。
これほどの罪悪はないというふうに西郷南州は言っています。
私もそれが大きくなったときに絶対に人を幸せにすることはできないと言っていいと思います。
濁になっている方が清らかより楽ですから、こうなる。
最後に人が人を敬うということ、人でも何でも、物でも、何でも、敬愛、それが反対になって、こういうことに、傲慢になってくる。
これも、病気も、人間の病で最も怖い病気というと、今はガンだとか何だとか、O-157とかありますけれども、もっと怖い病気、それは物事に無関心ということです。
人が目の前で今、ものすごく困っている、苦しんでいるといっても平気で見ているという無関心ということ、もう一つは傲慢ということ、この二つがなにより怖いというふうに言われております。
ですから、この傲というものが最も自分の人生を悪くする、また人を幸せにすることはないということでございます。
人間の幸せとは
先日、大雨の最中に熊本県の人吉という山の中、そこからさらにまた車で随分、一時間ほど山奥に入ったところにある人をお訪ねしたんです。
北御門二郎先生という、この中にもたくさんご存じの方がいらっしゃると思いますね。
トルストイの本を翻訳をしていらっしゃる方です。
これは坂田先生のお勧めで随分本を買われた方もこの中にたくさんいらっしゃると思うんですが、読んだかどうかは知りませんが。(笑声)
トルストイの本をたくさん翻訳していらっしゃいます。
もうたしか八十六歳ぐらいになると思います。
この方に、本当の幸せというのは一体、人間の本当の幸せというのはどんなものでしょうかというふうにお尋ねをしたら、答えが「本当の幸せというのは絶えることがない、断絶することもない、これは絶えない」、こういう意味です。
絶えることがない。
それから二番目は「飽きることがない、飽満をしない、飽きない。」
三番目が、「人に分ければ分けるほど多くなる。分けるほど大きくなる。」
もう一つありましたね。
それは「私の願いが万人の願いに共通するもの。私一人の願いであってはだめだ。私の願いが大勢の人たちの願いと共通するものである。」
この四つの条件を満たしたものが本当の人間の幸せだということを、この北御門二郎先生が言われたんです。
本当にそうだなと思いました。
えてして、この幸せということを、自分だけのものすごくお金を持っていたら、好き勝手なものが買えて、好き勝手な行動ができる、行きたいところに行ける、食べたいものが食べられる、それが幸せだというふうに思うんですけれども、それが幸せじゃないことは、もう既に今の日本がもう証明をしておりますね。
大体今は食べたいものが食べられる、大体着たいものは何でも身につけられる、にもかかわらず、本当に幸せになったかというと、幸せじゃないというのが今の日本でございます。
それに対して、まず、この断絶することがない、飽きない、分ければ分けるほど、一人の願いは万人の願いと共通する、これをこの掃除に学ぶ会に当てはめてみると本当によくわかるなと思うんですね。
まず絶えることがない、どんどん広がっていく、しかもやっても飽きない、もう飽きたといことがない。
これはいいことだからといって人に分ければ分けるほど、どんどん大きくなる。
そして、私、あるいは皆さん方のそういう世の中をきれいにしたいという願いが、万人の願いに共通していくという意味で、すばらしい言葉だというふうに思っているわけです。
絶対安心・絶対肯定の世界
ということで、これは北御門二郎先生が言われた、本当の人間の幸せというのはこういう部分ということを、明日午前中に体験をしていただきたいと思います。
私がどんな願いを持って、こういうことをしてきたか。
実は掃除という単純なことではありましたけれども、私は奥底にこんなふうにありたいという強い願いを持っていたんです。
それは絶対安全な社会、今は絶対不安な社会、もう絶対不安じゃなしに、もうそれも通り越して地域によって絶対恐怖という、表もうっかり子供を歩かせることができないという、そんなすさまじい、日本ではかつて考えられないような不安な社会がどんどん広がっていっています。
これに対して、私は昔から絶対安心、じゃあ絶対安心になるためには何が大事かというと絶対肯定ですね。
物事を常に何でも受け入れていく、さっき書いた譲るという言葉に通用するわけですね。
そしてそのすべてに絶対感謝できる、こんな社会、こんな人生、こんな職場、そんな会社、そういうものをつくり上げていきたいと思ってきたんです。
ところが、今は絶対不安、絶対否定、何でも否定、何かやろうとするとすぐ批判、そしてその結果はどうなのかというと、絶対不満というのが今の現状でございます。
絶対不満、何かここだけ私はばかに力を入れて言っているみたいですけれども、絶対否定、絶対不安、こんな社会ですと、どれだけ財産を持ったりなんかしても絶対に幸せになれない。
不安の社会から安心の社会へ向けて進んでいかなくてはいけない。
こういう上の世界になっていけば、例えば、こういう会社になれば、あるいはお店でも、こういうお店になれば、それは絶対必要とされる、そういうお店になるんです。
そういう会社になるんです。
そうしたら会社が悪くなるわけがない。
あとはよくなっていくと私は思います。
日本を美しくする会
ですから、こういうこの不安社会から安心の社会へ持っていく努力をみんなでしていこう。
そのためには、一人一人が自分の身の周りから、そんな大きなことを一人一人がやろうとしてもできませんから、まず自分の身の周りから、身辺からきれいにする、自分の職場からきれいにする、そしてそれだけでは終わらせないで、その自分の力を社会に持ち出して、社会全体がきれいになるようにしていかなくてはいけない。
そのもとになるものが、この今進めている日本を美しくする会でございます。
今日も田中義人(東海神栄電子工業株式会社社長)さんは……。ちょっと立ってください。
この方が私のこの掃除の運動に一番最初に共鳴した方でございます。(拍手)
この方のおかげで、岐阜県恵那郡明智町という、人口五千人ぐらいの小さな町で、駅のすぐそばの公共駐車場のトイレ掃除を始めたのが、この掃除に学ぶ会の第一歩でございます。
そこに最初に集まってきた、その方々がまた持ち出していって各地域で始められたということが、これだけ大きな運動になって、今や沖縄から北海道まで、全国にこれが広まってまいりまして、自主的にやっている会も勘定に入れますと、一体どのくらいこの運動が行われておるのか、私にはわからないくらいでございます。
各地から私に行ってくれるようにというお誘いがあるんですけれども、もし、お誘いに全部私が行きますと、一年に三百六十五日とトイレ掃除をしている、そのくらいに掃除の会が方々で生まれております。
家の中でもたまにはやってくれというふうに言われますけれども、まだ一回もやったことがありません。(笑声)
というぐらい大きな運動になってまいりました。
家内に、今度広島の会にご夫婦で来られる人がいっぱいいるから一回一緒に行ってみんかと言ったら、私が家のトイレをやったら行くからねと言われて。(笑声)
ですから、私の家内が来ないうちは、私がまだ家のトイレはやっていないというふうに思っていただきたいと思います。
冗談はさておきまして、こういうふうに善友力、これは皆さんがお互いに励まし合って、そしてまた次の地域で始められる。
あるいは最初は二十人、三十人だったものが、五十人、六十人、百人まで、すべてこの善友力のおかげでございますから、ぜひ皆さんが一人でも善友力を自分がまず発揮をして、そして自分の周囲に善友力が生まれてくるようにしていただきたいと思います。
神様のお与え
渡辺和子先生という有名な方がいらっしゃいます。
私は直接お話は伺ったことはありませんけれども、本もたくさん読みました。
それから講演のテープも聞かせていただきました。
非常にすばらしいお話、本を読んでもむだが一つもない。
優しくて、そしていいことが書いてある。この方が紹介された「愛することは許されること」という本の中で。アメリカのロジャー・ルーシーという神父さんの言葉が出ておりました。
「大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに、謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。
より偉大なことができるようにと健康を求めたのに、より良きことができるようにと病弱を与えられた。
幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして成功を求めたのに、得意にならないようにと失敗を授かった」という、そういう五章節の言葉があるんですけれども、私たちは何かいいことをしようとして何をしても、その反対のことを神から授かることが多い。
私も今日まで、自分がこうしたい、ああしたいと思ったことは、ことごとく反対のことがあって随分苦しんでまいりました。
しかし、そのとき苦しんだことが今になってみるとすべてよかった。
本当にこの言葉のとおりでございます。
何で私だけがこんな目に遭ってしまうのか、私はこんなにまじめに生きている、誠実に生きているのに、どうしてその誠実に生きている私がこんな目に遭うのかという思いに駆られることは、随分皆さんもあると思います。
私もそう思いました。
決して人に迷惑をかけたつもりはない。
にもかかわらず、どうして私はこんな目に遭うのかという思いに駆られたことがありますけれども、しかし、今になってみると、それは一つ一つ、すべて私の人生をよくするためのセレモニーであったように思います。
あと一月で私は六十四歳を迎えます。
これまで本当にいろいろな目に遭ってまいりましたが、それが本当に私の今日までの人生をよくするための通り道でした。
ですから皆さん方もこれから幾ら誠意を持って生きていてもいろいろなことがあると思いますけれども、これはすべて自分の人生を鍛えるための通り道だと思って受けとめていただきたいと思います。
至誠神の如し
最後に、私が去年学んだ、学んだというより、本を読んでいて、ああ、これだと思った言葉を皆さんにご紹介して終わります。
これは群馬県にある富岡製糸工場の初代工場長になった尾高惇忠という方の言葉でございます。
至誠神の如し、たとえ能力や才能に劣っていたとしても、誠意を尽くせば、それはあたかも神様のようなものだ。
才能ある人はどうしても才能に寄りかかりがちで、自分の才能がこんなにあるんだということで、それにおぼれがちでございまして、たとえ才能があっても、才能が仮になくても、素質があってもなくても、たとえそれがどんなに小さくても、誠意を尽くせば、その尽くしている姿そのものが神様と同じ、神の如しということでございます。
ぜひこの言葉を、きょうこれ一つだけ覚えて帰っていただき、そして何か事あるごとに至誠神の如しというふうに思い出していただけたら、きょうこうして皆さんの前に立たせていただいた私のかいがございます。
長い時間、どうもありがとうございました。(拍手)