「大きな努力で、小さな成果を」
学歴も知識も、技能もない私ですが、ただ人生でこれだけは信念を持って実践してきました。
こう言いますと、多くの方が怪訝な顔をされます。「逆ではないのか」と思われるのです。
昨今、日本の世相が悪化している一番の原因は、「小さな努力」で「大きな成果」を安易に得ようとする人が増えすぎたことにあります。
楽をして大きな成果を手にすると、「次もうまくいくだろうか」「誰かに奪われないだろうか」と心配が増え、心が不安定になります。
「大きな努力」で「小さな成果」を得る生き方は確実であり、心穏やかでいられます。
以前、ある国策銀行から依頼されて話をしたところ、「ビジネスの世界で何をバカなことを言っているのか」と嘲笑され、
全否定されました。「労せずして手に入れよう」という安直な経営が長続きするはずがありません。この銀行はまもなく姿を消しました。
二年前に経営破綻した、世界的なバイオ企業・林原の林原靖さんが『破綻』(WAC)という本を書かれました。
私は過去三回、林原社長と面会したことがあります。本社を見学し〝ここは岡山だけではなく、日本になくてはならない会社だ〟と感じました。
その優良企業が、なぜ、あれほどあっけなく倒産してしまったのか。
この本を読んで、自分の利益のためには平気で人を踏み台にする、日本の金融界の異常さをつくづく感じました。
人をかきわけ、踏みつけても進もうという姿勢は、金融界だけのものではありません。
今や日本中の空港で、駅で、「少しでも早く乗ろう」「楽に降りよう」と他人のことなどお構いなしに行動する日本人が、実に多くなりました。
心の荒みは、社会の荒みです。「自分さえよければ」から「あなたもよければ」へ。
究極的には「あなたさえよければ」という心に変わることができれば、莫大な税金を治安や教育に注がなくとも、日本は間違いなくよくなっていきます。
では、どうすれば心を変えていけるのか。「大きな努力」で「小さな成果」を求める生き方を心がけ、気持ちを穏やかにしていくしかないのです。
痛苦骨を噛む失敗に学ぶ
もちろん、ビジネスで成果を上げるには、上を向いて登ろうとする努力が必要です。
ただそれが他人を押しのけ、踏み台にする登り方であれば、「膨張」はできても「成長」することはできないのです。
かつて年商の六割を占めていた得意先の大手スーパーから、特売目的に法外な値引きを求められたことがあります。
耐えに耐えて言い分を聞いてきた経緯がありましたから、これ以上無理を聞いても、社員にも相手にもいいことはないと思い、取引中止を伝えました。
一つ間違えば会社が潰れる可能性もありますから、簡単な決断ではありません。
ただ私は、たとえ規模が大きくても、人を不幸せにするような会社にだけはしたくなかったのです。
ある程度まで登りながら、崖下に転落するような経験を私は何回もしてきました。
そのおかげで下からものを見上げ、弱い立場の人の思いを知る経験もできたのです。
リーダーは上に登る努力だけではなく、時には下に降りる「下座」の努力が必要です。
森信三先生の言葉に「自分の犯した過失や失敗は、文字どおり痛苦骨を噛むと言ってよく、これこそ実に『自己教育』の中核をなすものといってよい」とあります。
失敗による痛みを、他人のせいにするか、自分の学びとするかで、人間の質が変わります。
昔の日本人は、手にする報酬よりも、はるかに多くの努力を己に課していました。
一人でも多くの人が、見返りばかりを求めず、努力そのものに意義を見出せるようになれば、世の中はもっと穏やかになります。
今こそ「大きな努力で小さな成果を」の生き方に真剣に取り組む時ではないでしょうか。
鍵山秀三郎