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心配は発展のもと

経営者に心配や不安はつきものです。むしろ、心配や不安のない人は、経営者になってはいけません。

先日、古くからのお客様をお招きして、とある温泉旅館を訪ねたところ、旅館のご主人から「社員に少し話をしてほしい」と頼まれました。
ご主人の話を聞いてみますと、「毎日が不安で不安でしょうがないんです」と言われるのです。
その旅館はたいへん人気があり、予約が取りにくいことで知られていました。傍目から見れば、経営は順調そのものです。

ところが、広大な施設を維持するコストが膨大で、はたして収入が間に合うのか、毎日心配が尽きないというのです。私は、こうお伝えしました。

「心配で心配でしょうがないからこそ、経営者としての資格があるんです。
もうこれだけ評判がよいし、心配することは何もないと思うようなら、あなたは今すぐにでも、経営者をやめたほうがいいですよ」

今日もはたしてお客様を無事にお返しすることができるだろうか。
社員に給料を払うことができるだろうか。支払いは間に合うだろうか。

不安や恐怖感を失ったら、経営者は失格です。
心配があるから、懸命に工夫もするし、できる限りの準備をしようとするものです。
現状に安心しきったら努力も工夫もしなくなり、会社は傾くでしょう。
会社経営においては、心配は発展のもと、安心は崩壊のもとなのです。

逆風を追い風に変える

そういう私なども心配が洋服を着ているようなもので、年がら年中、心配ばかりしていたものです。

私が、イエローハットの前身である「ローヤル」を立ち上げたときは、売ろうにも売るものがなくて本当に困りました。
自分の売りたいものはあるものの、誰も売ってくれないのです。売れなければ、もちろん収入はゼロです。
すでに結婚し、子供が一人おりました。理想に近づくために自分から始めたこととはいえ、不安で仕方がありませんでした。

待っていても商品は入りませんから、とにかく足を運び、ほかの人が見逃した、眠っている商品を丁寧に掘り起こしていくしかありません。
売れなくて困っている商品があると聞けば、喜んで引き受けました。その一つに、あるメーカーのハンドルカバーがあります。
S・M・Lの3サイズを行商の自転車に載せ、ほうぼうで停まっている車に声をかけては、商品を触ってもらいました。

「おっ、なかなか具合がいいじゃないか。一本ずつ置いていけ」。あちらで三本、こちらで三本。
それを忍耐強くつづけるうちに火がつき、しまいには月に三万五千本もでる大ヒット商品に育ったのです。
メーカーの方は「鍵山さんのおかげです。この恩に報いるため、鍵山さん以外には売りません」といって、どんな大会社から好条件を出されても、私一人にだけ売り続けてくださいました。

競争のない商品ですから、値決めも自由にでき、たいへんな収益が上がりました。

ところが収益が上がれば上がるほど、こんなことがいつまで続くものかと、私はどんどん不安になるのです。
その不安が、次への原動力となりました。

会社に力がつくと、かつて私との約束を平気で破った人たちが、取引きを願い出てくるようになります。
私は過去に一切触れず、喜んでお受けしました。

耐えて、耐えて、耐え忍ぶうちに、逆風は追い風に変わりました。
自転車一台の行商が全国チェーンとなり、海外に店を出せるようにもなったのです。

心配で眠れないときは、本から学びました。下村湖人先生の『青年の思索のために』は何度読み重ねたかしれません。
その中にこうあります。

「私は苦悩のない世界に住みたいとは思わない。私の住みたい世界は、苦悩が絶望の原因とならず、勇気への刺激となるような世界である」

苦しみは自分を鍛える試練です。感謝してわが身に引き受ける人こそ、経営者の資格があるのです。

 

鍵山秀三郎